「言われたことしかやらない」と文句を言う前に

「ウチの連中は言われたことしかやらない」と部下に対して文句を言っている上司に限って、部下に仕事の指示をする時に手順や手段の話ばかりをして、手順通りにやったかどうかだけを細かく見張っています。「仕事の意味がわかっていないメンバーばかりだ」と嘆くリーダーの多くは、メンバーに仕事を頼む時に、その仕事の目的も背景も説明していません。

そうではなく、ゴールイメージを理解し、すり合わせるのに十分な情報を伝えてください。はじめは面倒かもしれません。それでもゴールイメージの理解不足が原因で、後になって尻拭いをするよりはずっと楽になるはずです。一度でいいので、

「やり方は何でもいいから、いつまでにこういう状態にするように」

と言う指示の出し方を試してみてください。そう言われると、指示を受けた側は自分の頭を使い始めます。

たたき台を作らせる

一方で、逆のお願いもあります。あなたの部下の「ゴールイメージを明確にする力」も鍛えてあげてほしい。なぜなら現実的なことを考えると、

「この仕事はただやるだけではなく、最終的にこれをこのくらいの状態に仕上げてほしい。仕上げるといっても、ただ◯◯するだけではなくて、△△や☆☆を盛り込むのも忘れずに。なぜなら~だからね」

こんなふうに、懇切丁寧にゴールイメージを解説してくれるような発注者は、なかなかいないからです。あなたはきちんと解説してくれるかもしれませんが、部下がこの先出会うであろう未来の上司やお客様が、あなたと同じようにしてくれるとは限りません。ですから、いつもあなたの方から一方的にゴールイメージを説明するだけではなくて、以下のような投げかけもしてみてください。

「この仕事のゴールイメージは、何だと思う?」

「ちゃんと○○するって、どういうことだと思う?」

「今伝えたのが『標準のゴールイメージ』だとしたら、『最低限のゴールイメージ』は何だと思う?」

「この仕事の出来栄えは、どんな指標で測るのがいいだろう?」

「すると、最初の1週間でどんな状態まで持っていけばいいと思う?」

「間違っても構わないから、まず自分でゴールイメージを考えて見せてごらん。そうしたらチェックして直してあげるから」

これらは、部下にまず自分でゴールイメージの「たたき台」を作ってもらうために投げかける言葉です。たたき台は、すり合わせをスムーズに進めるのに役立ちます。

たたき台を見れば「この仕事をどの程度理解しているのか」がわかります。それによりあなたは、部下の理解度に合わせて補足説明や追加修正をすることができます。「ここはOK。でもここは違うよ」と必要な部分だけ手を入れればいいので、すり合わせの時間は短くなります。

そして実は、あなた自身、常に「より良い状態」を明確に描いてそれをきちんと言語化して説明できるとは限りませんよね。当事者である部下の方が、その仕事の実態をよくわかっている時もあります。部下に自由にゴールイメージのたたき台を作らせることで、「なるほど、それはいいアイデアだな」と、部下から教わる場合もあるでしょう。

ところが、中には「見当違いのたたき台を作ったら怒られる」と勘違いをする部下もいます。本来、たたき台は「たたく」ためのものです。ズレや抜け漏れの無い正解を作らなければならないと気負う必要はありません。それなのに無難に正解を作ろうとすると、自信の無い部分は言葉がぼやけて、すり合わせをしても「まあそんな感じで」で終わります。その場しのぎにはなるでしょうが、結局すり合わせをせずに仕事に着手するのと同じです。「たたき台は間違っていてもいいのだ」ということは部下に繰り返し伝えてください。

部下が自力でゴールイメージのたたき台を考えるためには、ある程度の情報が必要です。おそらく仕事を指示した時点で、納期、納品先、要求品質といったある程度の情報は伝えているでしょう。それに加えて、

・目的(なぜこの仕事が必要か? やらないと何が起こるか?)

・経緯(この仕事はどこから来たか? 何の仕事の続きか?)

・続き(この仕事の成果物は、次に誰がどのように使うのか?)

このような情報もあると「それなら、こういう状態にした方が良さそうだな」とより解像度の高いゴールイメージを考えることができます。

1つ上のゴールイメージ

「達成した状態」だけではなく「もっと上の、最高の状態」まで考えてそれをたたき台として表現してもらいたいのであれば、「1つ上のゴールイメージ」という観点が役に立ちます。

一般的な組織における仕事で考えてみます。マネージャーの役割は、自分のチーム(課/部/支店など)のゴールを達成することです。達成するためにやること(手段)はたくさんあり、自分で行うこともあれば、部下に任せることもあります。すると、

マネージャーの仕事における「手段」= 部下の仕事の「ゴールイメージ」

という関係が成立します。極端な例でいうと、マネージャーの仕事が「自動車を完成させる」であれば、その手段の1つである「エンジンの完成」や「エアバッグの完成」が、それぞれの部下の仕事のゴールイメージになるということです。

大きな組織であれば更に仕事が分割され、より多くの階層でゴールイメージと手段が連鎖していくことになります。

あなたが部下に上図ゴールイメージ②の仕事を指示する時は、自分の仕事(ゴールイメージ①)の情報も十分に伝えてあげてください。それによって部下は、自分の仕事は全体でみると何の仕事の一部分であり、上司やチームにどう貢献するかがわかります。それがわかって初めて「そうすると、もっとゴールイメージをこういう状態まで高めることができれば、1つ上のゴールにも更に貢献できるのでは?」と考えることができます。

「自分で考えない部下ばっかり」と文句を言う上司はこれを忘れていることが多いです。情報が足りないと、考えることができません。考えることができなければ、言われたことしかやれません。

やってみないとわからない仕事のゴールイメージ

部下:「ゴールイメージがわかりません」

あなた:「そりゃあ新しい事をやるのだから、ゴールイメージなんて誰もわからないよ。まず動いてみろ。やってみてダメならその時考えればいい」

ゴールイメージを明確にしにくい仕事があります。たとえば、前例の無い新しい仕事。新事業や新業務、新しく置かれた「◯◯担当係」のような役割など。

明確にできないからといってゴールイメージを作らないままだと、やはり他の仕事と同じように後になってから「でも私はこう思いました」「自分なりには頑張ったのに」「期待していたものと違う」といった対立が生まれてしまうかもしれません。

1つの有効な方法は、「いつ、ゴールイメージを明確化してすり合わせるかを事前に決めておく」というやり方です。色々試していくうちに、大まかな方向性や、どんな指標で仕事の良し悪しを判断すればいいか、指標の候補くらいはわかってきます。

その上で、1週間後とか1ヶ月後と日付を決めて、改めてゴールイメージについて話し合い、すり合わせる。大切なのは「そのうちすり合わせよう」ではなく、いつすり合わせるかをはっきりと決めておくことです。

・本ページは、書籍「部下の自立を引きだすための マネージャーの言語化支援」の内容の一部を限定公開しているページです。他の公開中のトピックは「目次」から確認してください。

「部下の自立を引きだすための マネージャーの言語化支援」
A5判 156ページ ¥1,800(税別)