決めつけずに実態をよく見る

ここまでのまとめ

仕事にとりかかる前の言語化(発見の種まき)の方法として、ここまでは「ゴールイメージ」について解説をしてきました。

自分がやった仕事について、なぜうまくできたか/できなかったか、どんなことが仕事の良し悪しに影響したのかを発見できれば、よし次回はこうしようと考えて、仕事のやり方をより良く(うまくできた事の再現性を高めたり、ミスをする確率を減らしたり)工夫することができます。

そのために必要なのが、その仕事について「うまくできた/できないを判断する基準」です。もし基準が不明確だったら、

「別に注意もされていないし、まあこんなもんでいいんじゃない?」

で終わり、何も発見が無いまま、次も同じようにやるでしょう。 ですから仕事にとりかかる時は、どのようにやるのかを考える前に、どのような状態になればOKなのか(ゴールイメージ)を明確にしてほしいということでした。

そしてゴールイメージの解像度が高くなれば、もっと発見が増えるということもお伝えしました。あいまいな言葉をなくしたり、その仕事にふさわしい指標(モノサシ)と水準(目盛)を用いたりすることで、良し悪しの基準がより明確になります。

また解像度が高いということは、チェックポイントが増え、そのぶん発見できることも増えるということです。「最低限の状態」や「最高の状態」といった複数レベルのゴールイメージを設定することで、今の仕事のやり方だとどのレベルまでなら到達できて、より高いレベルまではどのくらい届かなかったのかが発見できます。

長期間の仕事であれば「どの時点でどのような状態であれば順調だといえるのか?」という中間ゴールイメージをいくつか設定しておけば、「前半と終盤は順調だったけれど、中盤で苦労したのはどうしてだろう?」というように細かく分けて仕事のやり方を分析し、多くの発見をつかむことができます。

こうして考えてみると、いい振り返りができるかどうかは、仕事にとりかかる前にほぼ決まると言ってもよさそうです。

2つめのアプローチ

さてここからは「発見の種まき」の別のアプローチについて考えていきます。すでにゴールイメージは明確になっており、発注者とすり合わせもできている。そういう前提で、さらに発見を増やせないか?

それが「実態をよく見る」というアプローチです。
ゴールイメージでは「この先、どうなればいいか?」に焦点を当てていましたが、実態をよく見るというアプローチでは「いま、どうなっているか?」に焦点を当てています。

自然と色々なところに目が行き届く。あれこれよく気づく。コツをつかむのが早い。既存の仕事の品質をどんどん高める。誕生したばかりの新しい仕事のやり方をテキパキと組み立てて道筋を整える。さまざまな職場の取材を通じて、そんな「やり方開発の達人」はどんな職業にも存在することを知りました。

そういう人がいる職場では、その人が編み出した新しいやり方(ちょっとした工夫から大胆なプロセス変更までさまざま)が、いつの間にか周囲の人にまねされて広がり、そのチームや部門の標準的なやり方として定着していることもありました。

実は取材をするまで、達人というのは、知識や経験の引き出しをたくさん持っていて、アイデアがどんどん湧き出てくるような人なのだろうと思っていました。ところが実際に話を聞くと、少し違いました。

むしろ逆で、「きっとこうやればいい」と簡単に決めつけない。
決めつける前に、それぞれの仕事の「実態」をしっかり見る。

これが達人たちの共通点でした。よくよく考えてみれば、実態がよくわからないうちにきっとこうだと決めつけてもしょうがないというのは、あたりまえの事に思えます。

病院にたとえるとわかりやすいでしょう。患者さんが「お腹のあたりが痛い」と訪ねてきたら、医師は「どの辺が特に痛いですか? どんなふうに痛いですか? キリキリ痛いですか、それともチクッとしますか?」というように問診をします。体温の計測、触診、血液検査、レントゲン検査などの診察もします。そうやって実態をよく理解した上で、診断を下します。

実態を見ずに解決策を決めつけるというのは、問診も診察もおこなわずにいきなり「胃炎ですね」と診断するのと同じです。そんな病院は怖くて行けません。ところが仕事の場面だとこういうことは結構多いのです。実態をしっかり調べない怠け者が多いというのではなくて、先に解決策を思いついてしまうのが良くないようです。

どうやら私たちには、「このやり方でうまくいく」「こうすれば大丈夫だろう」などと、いったん解決策を思いつくと実態をよく知ろうとしなくなるという悪いクセがあるようです。

自分の子供がゲームばかりやっていることが気に入らない親は、テストの点数が下がったのを知った途端に「ゲームのせいだ」と取り上げようとします。どの教科の点数が、どのくらい下がったのかという実態をきちんと知ろうとする前に。

売上の伸びが急に鈍くなったという報告を聞いた営業部長は、すぐさま「訪問件数が足りないからだ!」と喝を入れます。どのカテゴリーのどの製品の売上が、いつから、どのようなプロセスを経て鈍くなっていったのかをよく確かめる前に。

決めつけずに、実態をきちんと見る。
これが発見を増やすための、もう1つのアプローチです。

ただ、実態をきちんと見ましょうと言われても、忙しい日常業務の中であれもこれも観察したり調べたりする時間はありません。だからといって無心でボーッと眺めていればいいかというと、それも違う。よほどカンのいい人、センスのある人でない限り、何の準備も無しに色々なことに気づくということはなかなかありません。

やり方開発の達人たちにたずねました。
なぜ、それに気づいたか?
それは、あらかじめそこに意識を向けると決めていたからでした。

・本ページは、書籍「長く成長していくための 仕事における言語化能力」の内容の一部を限定公開しているページです。他の公開中のトピックは「目次」から確認してください。

「長く成長していくための 仕事における言語化能力」
A5判 155ページ ¥1,800(税別)